ガソリンメーター

            迷走しているフリをしているだけなんだと

自分に言いきかせて、 あちこちで副産物を手に入れたい。 ガソリンメーターを思い出す。 人生がエンプティになるのを恐れる 助手席の子供に向かって 父さんは、 「ゼロになってもまだかなり走れるから、 大丈夫だよ」 と言うのだけれど 子供の方はそういう 日産自動車のエンジニアの配慮を 知らないから ああ、もうすぐ取り返しのつかない 大変なことになるのだと 線路に置き石をする友達に 付き添っている時の 気分になった。 ああ、なんだ、小さい石だと ペチャンコに潰れるだけで なんともならないのだと 僕は無事に家のガレージにバックする 人生の中で 僕は臆病だ。でも知らなかっただけだ。 知ってたら恐くなかったはずだ。 戦争のように。 戦争も知らないから恐いだけで、 実際にその時になったら けっこう時間はたんたんと 過ぎていくのだろうし。 でも戦争には行きたくない。 ごめんなさい。戦争は嫌です。 事故のように。 手術前の盲腸患者のように。 あれはいったい、なんだったのだろう? 僕は本当に手術をしたのだろうか? 僕は本当に戦争で戦ったのだろうか? ああ、ヒルがウヨウヨしている。 ベトコンと過激派と工作員が 僕を包囲している。 でも、 それが終わった後と前では 何が変わったのだろう。 夢から覚めたら全てが リセットされている。 死んだら全てがリセットされてしまう。 何が? 中央線に飛び込んだ人の人生を 映画化したい。 ああ、 ランボーボードレールが死んだというのはどういうことなのだろう。 村上春樹も、糸井重里も、赤瀬川原平も いつかは死んだのだ。 ガソリンメーターのように。 人生のように。

   

詩学/2001.3』