中原中也のように

            歩き始めた時からずっと、感受性に違和感を感じていた。

そして不意に気づいた。 僕は中原中也になってた。 条件がピッタリあっていたのだ。 寒い曇り空の朝、みんな僕の知っている人達だった。 僕は一人一人に意識を向けた。 どんな部屋で起き、どんな朝ご飯を食べたか、 これからどんな職場に行くのか…… アパートの鍵をかけるところ、 電車の吊革につかまっているところ、 デスクで朝のコーヒーを飲んでいるところ…… 通り過ぎる一人一人の朝の様子を ぜんぶ僕は知っていた。 とても不思議なこどだが…… その時僕は、身体感覚として知っていたのだ。 僕は誰かを物語にして、救いたかった。 窓ガラスを磨いている彼女が過ごした朝を、 なにか特別な物として 美化したかった。 中原中也のように。 いっしょうけんめい、さらけ出して、感傷的に…… 僕は彼女に気づかれないように 背中を丸めて通り過ぎた。 僕は自分で作った物語の中にいるようだった。 僕は、みんなのことを知っていたが、 みんなは、僕のことを知らなかった。

     

「発想がおもしろい作品です。中原中也を知らない人には全くわからないでしょうが、でもこんなふうに現実の中でふと自分が別のだれかになっている感覚というのは、だれでもが持つのではないでしょうか。中原中也という強烈なイメージを持ってきて、おもしろい白昼夢にしたてています。」 日原正彦「読者投稿作品・選評」『詩と思想/1999.4』p147。