プリンと春

            プリンの内部空間にボクは裸で

横たわっていた

ロウソクの焔に照らされ 漆黒の中 とろける黄金として どろっと輝く

「グリコビッグプッチンプリン」をベースに 「メイジフォレットトロケルプリン」と 「オハヨーヤキプリンカスタード」とが ブレンドされた 特殊な壁材 そして 柱や梁などの主構造には 2倍の強度を持つ オリジナルプリンが使用されている

ほのかに空気が流れている 今の時点でのボクの方向体系で言うと 後方から前方に向かって……

外部から遮断されたムッとする空気だ

ムッとする空気…… とある地方中核都市の地下に造られた 温水プールの プールサイドにデッキチェアーをひろげ 1時間ほど泳いだ後の とろける身体の上に バスタオルをかけ ぐったりと 心地よい2日酔いの朝のように ぐったりと……

目が開かない 目を閉じたままなんだけど まぶしい まっ暗なんだけど 強いオレンジの光で満ちている 眼の外は どうなってるんだろう…… 眼がどうしても開かない

春はどこに行ったんだろう? 隣で寝ているはずなのに 手探りでベッドの上を探すんだけど いないようだ

ドアの開く音がして コーヒーと春が入ってきた 香りと気配で はっきりとイメージできた

コーヒーの香ばしい知性の香りは 切り裂き征服するためのもの 誰も寄せつけない 強いイメージ

春の ぷよぷよとした 安心の香りは…… 遠足 レジャーシート 弁当 友達がいて 桜の木が異常に満開で ボクは安心して 冗談を言ったり笑ったりする

春が目の前にコーヒーを持って立っている ような気がする 両手を差しだすと 僕の右手をつかんで そっと カップの柄を持たせてくれた

眼をつむったままコーヒーを飲むのは はじめてだった

僕は 春が隣にいてベッドのなかで とても良いコーヒーを飲んでいる…… とても良い気分だ……

やがてボクは プリンの内部空間を裸で 歩いていた

甘い重みが喉の奧にからみつくように 全身 重くて ダルくて…… 硫酸のようなコーヒーが飲みたかった

プリンの内蔵は琥珀色の硫酸に汚染され 溶け 魚の骨のような構造体が 剥き出しになり どろどろと ねばねばした液体が降ってきて……

 

外界からの視点を得るために 意識を集中し 次の瞬間には 座りこみ 東側の上空から そのプリンの艶めかしい外観を ボクは見つめていた

団地の灰色の砂場にそっと 形がくずれないように グリコプッチンプリンの底の突起を そっと折り そっと落とした そっと……

 

団地の灰色の砂場で本を読んでいると 「春はいかがですか?」 と後ろから声をかけられた

ふりかえると シックな ツイードのワンピースを着た女の子がいて いかにも春売ガールといった感じの微笑で ボクに春の箱をさしだした

「いくらですか?」とボクはたずねた 「5千円です」 「高いですね……」 「こちらは3千円ですけど……」女の子は 小さなほうの箱をボクにさしだした

春の小箱は意外に軽くて ふってみると カラコロと 春らしい音がした 顔を近づけると つんとする春の香りがした

「じゃあ これ買います」と言って ボクは3千円をわたした 「ありがとうございます」 「これ おまけです よかったらどうぞ」 と言ってコスモスの花を一本くれた 「ありがとう」

すると その時 ちょうどコスモスを受けとった時 「春売・春買の現行犯で逮捕した」 と いつの間にか2人の男が横にいて 僕らを なにげにつかまえた

「これって 犯罪なんですか?」 覆面パトカーの中でボクは刑事に質問した 「条例が制定されて もう2ヶ月じゃん! テレビや新聞で毎日 告知してるし 知らなかったとは言わせないよ!」 と運転してるほうの刑事が言った 「テレビとかあんまり見ないんで……」 「そういうことは後でゆっくり聞くし」

新宿にそういう条例があるのは知ってたが 武蔵野市にもできたとは知らなかった……

「知ってた?」 とボクは女の子に聞いてみた 「うん 知ってたけど ごめんなさい……」 女の子は泣きながら言った

ボクは放心状態だった 初めて法律をやぶってしまった タバコも酒も20才すぎてからだったし 免許証もゴールドカードなのに……

現実感がない どこか別に世界に向かうみたいだ

「オイ ナニするんだ 返せ!」 ボクと女の子の間にいた刑事が 突然 怒鳴った びっくりして横を向くと 女の子が春の小箱を持っていて パッケージを破ろうとしていた

パッケージが引き裂かれて 凝縮された春が一気に車内を満たした ボクは慌てて窓をあけたけど すでに手遅れだった

気化した春をたっぷり吸い込んでいた

車が歩道に乗り上げ ブロック塀にぶつかって止まった 春の小箱がボクの足下に転がっている……

中学校からの帰り道にある 有刺鉄線で隔離された プールの廃墟に忍び込んだボクらは

先ず始めに 巨大な構造物の危険な階段を登り 頂上の 滑り台の傾斜がはじまる 直ぐ手前のスペースに 1つめのプッチンプリンを供えた プリンの3分の1が傾斜にかかり 今にも滑り落ちてしまいそうに 見えるように 細心の注意をはらって供えた

2つめは 円形舞台の中央に置かれた 監視用の椅子の上に供えた そこは ループプールの橋を渡ったところ この領域全体の中心点であり 安定の象徴である

そして 3つめは…… 湿っているのか乾いているのか分からない 特殊な埃の香りがする 女子更衣室の 納骨堂のように 古い木製の蓋が整然と並ぶ ロッカールームの狭い通路を ボクらは 神聖に高揚して 無言で進み 一番奥の角を曲がった正面の壁面の ちょうど中心にある 255番のロッカーの扉を1人が開け 2人めがプリンをロッカーの中心に そっと置き そして最後にボクが 裏の突起をそっと折り カップをそっと 持ち上げ 形がくずれないように そっと供えた……