猿なんとか峡

            1980年代中ごろの、あるカラッと晴れた夏の日のこと。僕はまだ、「ポスト・モダニズム」という言葉を知らず、村上春樹を読んだことがなかった。でも、あだち充のマンガは全部そろえていた。『ナイン』や『日当たり良好』は古本屋で<!--more-->まとめて買ったが、『タッチ』や『みゆき』はリアルタイムで買っていた。

僕らは原付バイクで2時間くらいかけて、深い山の中の川へ泳ぎにいった。僕はホンダMBXに乗っていた。一応原付なのだが、リミッターカットしてあるので、無理すれば100キロはでるようになっていた。リミッターカットが、どういうものなのかは未だに知らない。みんなやっていたので僕も軽い気持ちでやってもらったのだ。買ったままだと60キロくらいしか出ないようになっているので、リミッターというやつをカットしてやってフルに機能を発揮させてやるのだと、誰かから聞いたような気がする。もしかすると、違法なのかもしれない。

僕らが目指していたのは、正確な名前を思い出せないが、猿なんとか峡という場所だった。ジェンマという遅いスクーターの住友くんが一度行ったことがあるということで、彼が先頭になって走った。その後に三井くんのホンダNS50、桜くんのヤマハYSR50、大和くんのスズキRZ50、そして僕のホンダMBX50の4台が続いた。4人のバイクはみんな100キロでる性能をもっているので、住友くんのジェンマを、後ろから煽ったり、前でジグザグ運転したり、一気に抜き去って先の方で停まって待っていたりして、からかって遊んでいた。

猿なんとか峡は、自然にできた小さなダムのような場所だった。幅10メートルくらいで流れがほとんど無く、濃い緑色をしていた。浅いところは透き通っていてるのに、それが濃い緑色になるということは、そうとう深いということだ、と僕が鋭い意見を言ったのを覚えている。

はじめは、緑色の部分を横切って向こう岸まで行くのも恐かったのだけれど、だんだん慣れてきて、2メートルくらいある岩の上から、その緑色のところに飛び込むという遊びをやるようになった。たぶん最初の1回目は、ビクビクしながら勇気をふりしぼってやったのだろうが、後はもうバカみたいに何度も何度もいろいろなポーズで飛び込んで遊んだ。

でもそのうち、どんなに一生懸命もぐっても絶対に底にたどり着かないということが気になりだし、底まで10メートルくらいあるんじゃないかとか、底無しなんじゃないかとか、底がトンネル状になっていてどこか他の場所に通じているとか、ある深さ以上潜ると二度と戻ってこれないとか、岩の後ろに不気味なお地蔵さんがあったとか、ジョークなの本気なのか本人も分からない状態の話しが過熱して、飛び込みの遊びは中断されることになった。

その時に僕は、あのアイデアを思いついたのだった。

そのアイデアとは、海パンのポケットに小石を入れておいて、なにくわぬ顔で飛び込み、水中にいる間に取りだして、底で拾ったことにする、というものだ。

僕は、実行すれば必ずみんなから一もく置かれることになると確信し、うれしくて興奮していたのを覚えている。そこまでは確かに覚えている。

でも……、それを実行に移したのかどうか、その後の事がどうしても思い出せないのだ。実行に移して成功したのか、あるいは失敗したのか。それとも実行に移さなかったのか。そこの部分の記憶がきれいに無くなっている。いろんな角度から糸口を探して、なんとか思いだそうとしているのだが、どうしてもダメなのだ。

どおしても、あきらめきれないので、今ばん大和くんあたりに電話して聞いてみようと思っている。