志賀直哉と赤いペディキュア

            志賀直哉の短編集『小僧の神様・城の崎にて』を読んでいた。真ん中あたりの、「石」という名前の女中についての、ちょっといい話を読み終えようとしていた。生活をこんなふうに良い物語にすることができれば、いろんなことが全て救われる<!--more-->だろう、などと考えていた。

そして読み終えた。 僕は、しおり代わりのポストイットを、次の話の最初の行の前に貼り付けて、シャーペンもいっしょに挿んでページを閉じた。 少し興奮ぎみだった。今すぐに、何か書き始めたい気分になった。すぐに家に帰ろうと思った。

ふと気づくと、隣のデッキチェアーに、赤いペディキュアをつけた脚が横たわっていた。読み始めた時には無かったので、びっくりした。 いつの間にやって来たのだろう。 気になる。 僕はもう少し居ることにした。次の短編を読み始めた。たしか日記の文体だったと思う。脚と文章を交互に見ていたので、内容をぜんぜん読みとっていなかった。 顔と上半身を見てみたかった。本に向けた視界からは、ヒザの少し上のところまでしか見えなかったので、どんな水着を着ているのかも分からなかった。 脚には水滴がついている。ひと泳ぎした後なのだろう。1分30秒に一度くらいの間隔で、ヒザを曲げたり、伸ばしたり、組んだり、組み替えたり…、といった動作があった。 艶のある赤が、とても良い効果をだしていると思った。

彼女が雑誌のページを閉じた。モモの上に雑誌を置いて、脚が伸びをした。つま先が反って、丸まった。 僕は急激に緊張し始めた。意味もなくページをめくって、また2、3ページ戻ったりした。 出入り口は、僕の真正面にあった。僕の前を横切るときに、顔を見ることができるだろう。それから、しばらくの間、後ろ姿を見ることができるだろう。

そして、彼女が立ち上がった。 僕は、ごくりと唾を呑み込んだ。