錯乱

            これから一昼夜、僕は書き続けるつもりだ。断続的に。黒い粒子で埋め尽くされた際限のない広がりの中から。とりあえずは真夜中の散歩から。<!--more-->

(今、僕は太宰治が自殺したとされる、玉川上水沿いを延々と歩いている)この美しい人は、いったい誰なのだろう? 昨日の雨で増水した静かな水面に、紅いソファーが浮かんでいる。彼と心中した愛人だろうか? 下着姿の彼女は、ゆったりと腰掛けている。旧式カメラのレンズを通して、僕を鋭く睨みつけている。

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「2C4L」

一番良い状態でいてください2C4L 物語のように完結した 穏やかな流れの中にいてください2C4L その先は知りたくないのです (知りたくないのです) 2C4L 美しく定着した物語だけを読みたいのです 2C4L……

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「どちら様でしょうか?」と彼女は言った。「あなたは、日曜の夕方にドアをノックする人のようですよ。失礼ですよ。ダメだと思ったら直ぐに隣のドアに行って、同じことを試みるのでしょう? そうやってノルマをこなすみたいに。効率よく。私がテレビを中断して急いで行って親切に対応してやったのが、バカみたいじゃないですか!」

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「いや違います」僕は必死に弁解した。「あなたの事じゃありませんよ。なんでそうなるんですか? 深読みのしすぎです。違うんです。悪意は無いのです。だって、あり得ないじゃないですか! ぜんぶ良い方にとってください。あなたは、そのくらいでちょうどいいんです。実を言うと僕は……」

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僕と彼女は紅いソファーにのって、粘土質の太平洋に流れ着いた。 「実を言うと僕は……」 「待って下さい。誰か、三人称的な人物が盗み読みしています。誰だ? 誰ですか? 君! あなたは…えぇっと…、オマエか!」彼女はパイプオルガンの一番長いパイプを振り回して、どこか遠くから監視している三人称的な人物を威嚇した。 「いや違います。あれは違います。あれは神様です。――神様。怒らないで下さい。…いや、どっちでもいいです。僕は。僕は、そちらの世界で失うものは何も無いのですから。侮辱しないで下さい。僕は気位が高いのですよ。――くそう、なんなんだ。君たちには関係ない。一〇年早いんだ。いや、キミのことじゃなくて…。キミ以外の君たちのことだ」

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「うぅ…」彼女は生贄として祭壇に横たわっている。手足を縛られた状態で、僕を通り越して、隣接する敵国の男に向かって喋っている。「知らない盗読者がうじゃうじゃ集まって来ている。こんな日に限って鮫が多い。金曜日だから…。あぁ、あなたのせいで三日間も何も出来なかったのですよ。あなたじゃなくて…、あなたのせいで!」(彼女は、くすんだ青い紋様の上で開かれていた。白いスクリーンを背景にして、黒い自由曲線が重力に身をまかせている。その曲線に柔らかく包まれているものが魅力的に迫ってきた時、極端な受身の形態が逆に攻撃的に作用する。静かな戦力分析が着々と進められている。攻め込めば攻め込むほど、深く深く見抜かれていく。細部の制作に気を取られている間、僕はずっと上空から観察されていた)

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「分かっています」と僕は言った。「あと二百四十五日しかないんですよね。いや、これは違いますよ。こんなの新しくもなんともありませんよ。…説明してあげて下さい。僕を」

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(僕はたった今、――よく晴れた一月の午前中――冷たくて暖かい、とある牧歌的な公園から帰って来たところだ)うれしく屈辱的で、それでいて充実した人工的な光の中で、関係は決定的に変わっていくものなんだと知った時。僕は野兎の首根っこを掴みさえした。――無自覚な細胞は加工されて、無い音をたて、どこか重力の無い空間に消えて行く。――そして、僕の主要部分は損なわれてしまっていたのだ!

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僕は頑張れるでしょう 何かにつけて いつも思い描くでしょう 僕が頑張れるということは すでに実証済みなのです ただそこに居るだけの2C4L

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祭壇が血みどろになっている。彼女はどこだ? 黒い粒子の空間に貼りめぐらされたグリッド。そこに任意に穿たれた直径五メートルの円柱形のボイド…。彼女はあの中に放り込まれたに違いない。半永久的に複製される狼の群が、恐ろしい速さでボイド空間を横切って行く。

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僕は彼女を探し続けた。とり憑かれたように。うまく会話に溶け込めた転校生のように。ファインプレイをした野手がベンチへ走る時のように。――水を得た曲面は調子にのって、2色の模様を見せつけた。

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歴史に登録された 未来の肖像、2C4Lに 僕は会えるのでしょうか?