子供たちがまだ、「特別なOnly one」の呪いに囚われていなかった頃。

            僕は(そしておそらく僕以外の多くの人も)、なぜ自分を「特別なOnly one」だと思ってしまうのだろう?

そして、手が届きそうな状況になれば、あわよくば「NO.1」になりたいと思ってしまうのだろう?

現在の世界人口は76億人だそうだ。 76億人がそれぞれ「特別なOnly one」になるというのは、客観的に考えると無理がある。

「特別なOnly one」という幸せな幻想を抱いて生きていけるのは、親や親戚や学校の先生や宗教家や道徳的な芸術家たちのおかげなのだろうか?

チンパンジーは、自分を「特別なOnly one」だとは思っていないだろう。 チンパンジーには、ホモ・サピエンスのような、高度な自己意識がないから無理だろう。

クロマニヨン人はどうだろう? ラスコーの壁画を描いた人は、自分の才能に誇りを持っただろうか?

エジプトのクフ王や秦の始皇帝は、あきらかに自分を「特別なOnly one」かつ「NO.1」だと思っていただろう。

「特別なOnly one」は、ホモ・サピエンスの遺伝子の中に組み込まれているものなのだろうか? 自分を「特別なOnly one」だと思うことは、自然淘汰の中で有利に働くというのは、ありうるだろう。 自分を大事にする個体は、自分を粗末にする個体より多くの子孫を残すだろう。

職場でも、道でも、コーヒー屋さんでも、どこでも、「特別なOnly one」だらけで、苦しくなってくる。 自分も含めて、みんな、いたたまれなくなってくる。

僕らは時に挫折して、「特別なOnly one」の幻想から引き剥がされる。 そしてもがき苦しんで、なんとかしてまた「特別なOnly one」を手に入れる。 そして再び「特別なOnly one」を失うまでは、幸せな時間をすごすことできる。

子供たちがまだ赤ちゃんだった頃、初めて笑ったり、初めて寝返りをうったりした頃、あの頃のことを思い出すと、あの頃の写真を見たりすると、涙が出そうになる。 子供たちがまだ、「特別なOnly one」の呪いに囚われていなかった頃。