めんどうくさいことを避け続けたら、死に近づく

             テレビドラマ『逃げるは恥じだが役に立つ』の最終回の、次のセリフが好きだ。何度見てもぐっとくる。

  めんどうを避けて避けて   極限まで避け続けたら   歩くのも 食べるのもめんどうになって   息をするのも めんどうになって   限りなく 死に近づくんじゃないでしょうか?

  はい?

  生きていくのって   めんどうくさいんです   それは一人でも   二人でも同じで   それぞれ別のめんどうくささがあって   どっちにしてもめんどうくさいんだったら   いっしょにいるのも 手じゃないでしょうか?

 この続きのセリフも良いのだが、ここだけ抜き出すと、人生の様々な場面で役に立つ言葉になる。  「めんどうくさいことを避け続けたら、死に近づく」と自分に言い聞かせて、めんどうくさいことに取り掛かることが出来る。  例えば、奥さんや子供たちが帰省して一人暮らしの時に、汚れた食器や洗濯ものや床のホコリがたまって来て、嫌な気分になっている時など。エイヤアと一気に片づけて、スッキリした気分になると、あらためてこの言葉の大事さを実感する。

 あるいは、めんどうくさいことから逃げずに、耐えて乗り切ることが必要な場面でも役立つ。  例えば、仕事が上手くいかなくて、別の仕事を探そうかなどと逃げの考えでいっぱいになっている時など。「どんな仕事をしても、それぞれ別のめんどうくささがあって、どっちにしてもめんどうくさいことに変わりはない」と、諭してくれる。

 学者さんたちが言うように、私たちの心と体が狩猟採集生活に適したつくりになっているのだとしたら、「めんどうくさいことを避け続けたら、死に近づく」というのは当然なことだと思う。  現代は、めんどうくさいことを避け続けても、すぐには死に直結しないが、めんどうくさいことに着手して継続することは、心と体にとって、良い方向に作用するのは間違いないと思う。