「美」とは有用性から切り離された報酬系

            美しい風景を見て

幸せな気分になるのは なぜだろう?

脳の報酬系は なぜ ご褒美を くれるのだろう?

青い グラディエーション 水平線 暖かい日差し 少し冷たい風 波の音 菜の花 鳥の鳴き声 光 緑 コーヒー

ただの物質 ただの現象の 組み合わせにすぎない これらのものが なぜ こんなにも ありありと 幸福な 特別なものに 感じられるのだろう?

利己的な遺伝子は 何をたくらんでいるのだろう?

人のOSに 備わった反応だろうか?

それとも 文化的な幻想の 後付けアプリが 反応しているのだろうか?

360度まわって (スパイラルにちょっと上って) やはり 神様は いらっしゃるのかもしれない と 思ってしまいそうだ

こういう仮説はどうだろう?

 「美しい景色」は、狩猟採集民族であるホ モ・サピエンスにとって、種の保存に適した 環境だったのではないだろうか?  脳の報酬系は、「美」に対してご褒美を出 しているのではなく、ホモ・サピエンスの繁 栄に適した環境に対して反応しているのだ。  広々とした見晴らしの良い場所は、猛獣を 警戒するのに適している。緑の葉が生い茂る 場所には、木の実や獲物となる小動物が豊富 だ。透き通った水は、飲み水に適している。

 しかし、やがてホモ・サピエンスは、人工 的な住環境に住むようなった。そして、本来、 繁栄に適していた場所は、必要とされなくな った。  その結果、有用性から切り離された報酬系 だけが残ったのだ。  私たちは、その不必要な報酬系のことを 「美」と呼ぶようになった。  だから、「美」は不可思議で、神秘的なの だ。